「ダンスパウダーだって?!」


その声に弾かれるように、ようやくコーザが振り返る。

驚きで見開いた目でジャスを見つめた。


「ダンスパウダー・・・だと?!!」


背後で腕をつかまれて、ジャスは帽子を被った青年に揺さぶられた。

「あんたが、反乱軍がダンスパウダーを使うのか?!」

「違う。見つかったんだ。王宮への積荷の中に、大量にあったのが見つかったんだ!!」

終始声を荒げなかったジャスの声が、崩れ落ちるように怒鳴り声を上げた。

「王宮へ・・・?」

「そうだ」

呆然としたような声に、ジャスは声を出した。

「王宮への積荷の中に、あったんだ。
コーザ、この話は知っているか。王都には、雨が降るんだ。王都にだけは、この恐ろしい旱魃が始まってからも、雨は降るんだ!!」

「ジャス!!!」


部屋の中に怒りと混乱と悲しみが満ち溢れて、怒鳴り声が長い反響を響かせた。


「ジャス・・・。あることないこと言うな・・・。さすがの俺も切れる」

片手で、顔の傷を隠すように押さえて、コーザは唸った。

混乱している声だった。

「違う。実際にあったんだ。
さっきあんたは、この天災を人災のせいにするなと言った。
では、こう言おうか。これなら、俺たちの行動がいかに必死であるか伝わるか。
コーザ、この旱魃は人災なんだ。あんただって知ってるだろう。ダンスパウダーのデメリットを。
この旱魃は、人災なんだ。決して天災なんかじゃない!!」

「ジャス!!!!!」


もう一度怒鳴り声を上げて、顔の傷を押さえたまま、コーザは沈黙した。



ダンスパウダーの事は知っていた。

何故なら、雨を呼ぶ奇跡の粉だったからだ。

雨の少ない、そしてこの異常すぎる旱魃を何とか解決したくて、必死で調べていくうちに、この粉の名前に行き着いた。

奇跡の粉だと喜び、そして次には喜んだ分耐え切れなような絶望が襲ってきた。


ダンスパウダーは所持する事も製造する事も、一切の事を禁止された悪魔の粉だったのだ。



メリット以上のデメリット。

確かに、ダンスパウダーは雨を降らすが、それ以上に雨を枯らすのだった。

故に世界政府はダンスパウダーを悪魔の粉とした。



その粉が、アルバーナで見つかった。



「どういう事だ・・・?国王がそれを使っていると言う事か・・・?」

「国王の声明文はまだ出ていない。昨日見つかったばかりだ。多分今日中には声明が出されるだろう。出されたら、すぐにでも俺に早馬を走らせるように言い渡してある」

ジャスはそう言って、床に転がる湯呑みを緩慢な動作で拾い上げる。

「オレだって、信じたくない」

そう呟くと、コーザの近くまで歩を進め、コーザが背にする窓辺へ湯呑みを置いた。


すぐ近くまで近付くと、ジャスは本当に背の高い男だった。

コーザは顔を逸らしてことさら窓の外を見ようとする。

「昨日、時間のあるうちにだけ、ちょっと調べさせた。
ダンスパウダーを積荷にしていた船は、ここ最近アラバスタに通行許可が出た船だ。
船体名は「B・W」どこ所有の船かは分からなかった。多分、個人所有の船だろう。
交易を始めたのは、二年前。
なにか、思いつくところがあるか」

雨が劇的に降らなくなり始めたのは、二年程前だった。

それを思い出さないように、コーザは首を振る。

「頻繁に出入りするようになったのは、ここ一年のことだ。
一年前と言えば・・・。王女が失踪してから、そろそろ一年が経つな・・・」

「だから、何だ」

コーザは声をふり絞った。

古傷がじくじくと痛み、胃の中へ流し込んだアルコールが血流をよくしている。良過ぎる位だ。おかげで心臓の音を嫌がおうもなしに自覚した。

「王女は、知ったのではないだろうか。自分の父親のしている事を。王女は清廉な方だった。それに耐えられなかったか、あるいは国王が・・・」

「ジャス!!!」

手近にあったものを握り締めて、思わず壁に投げつけた。


がしゃん。


派手な音がして、視界の端で湯のみが壊れて壁を伝い落ちるのが見える。

「ジャス、それを言うな。国王がビビに手をかけることなど、この国が春島になることよりありえない。それを言ったら、今すぐお前を殺す」

至近距離で睨まれると、物凄い怒りがコーザの身の内を駆け回っているのが見える。

その怒りにすごまれて、ジャスはあとじさった。

「国王が使っているのか、使っていないのか。それだけが問題だ」

コーザはそう言うと、部屋の隅のベッドの上に無造作に放り投げていたコートを手に取る。

「コーザ、オレには、そこまでコブラを信じる事が出来ない。爺さんや親父の世代とは違って、その治世の恩恵とやらを知らないからだ。
でも、これだけは事実なのだと、この俺の頭でも分かる」

ジャスはそこまで言うと、コートを身に纏ったコーザに近付き、肩を掴んだ。


「王都にだけは、雨が降るんだ」


「知っている」



コーザはジャスを睨み返し、肩の手を払う。

「この旱魃は、人災だ。コーザ、人災なんだよ」

払われた手に握りこぶしを作り、ジャスはそう言った。

「コーザ、この国を救おう。この国は今のままでは未来がない。

俺たちが、小さい頃に信じていた輝かしい未来はないんだ。
ないんだよ、コーザ。

何度も言うが、俺はこの国を愛している。こんなに砂に塗れた国でもだ。
だからこそ、もう今の国王には任せて置けないんだ」

ジャスに背を向けて、扉に向かうコーザの腕をまた掴んで、ジャスは怒鳴った。

縋るようにも見える。


ジャスがどれほど必死なのかが、コーザにも伝わった。

ジャスはこの国を愛している。この国を救いたがっている。

でも、コーザはこの中でもがくには疲れすぎていた。

何か、決定的な何かが足りなかった。



「反乱軍に入ってくれ、コーザ。共にこの国を救おう」

「今はまだ、何もいえない。直接聞かなくては」

コーザは、ジャスの腕をそっと振り払って、今度はしっかりジャスを見つめた。

目の中の苛立ちも怒りも、今は静かに鳴りを潜めていた。

ただあるのは、静かな悲しみだった。

「どこに行くんだ」

ジャスは振り払われた手を見つめて、そう呟く。



「国王の下へ。ふれを待つまでもない。俺が直接行って聞いてくる。
俺たちから雨を奪った元凶を」


俺たち。

とコーザは言った。


「いくらお前でも・・・。直接国王に会うのは難しいんじゃないか・・・?」

ジャスはコーザを見つめる。

「会ってみせる。何が何でも。その後にまた、話をしよう」

真剣な目は、今はもうジャスもこの部屋も見ていなかった。

砂を蹴ってどこまでも遠くに駆けて行くコーザの背中が、一瞬目の裏にフラッシュバックする。



「任せた」

ジャスはそう言って、コーザの背中をたたく。

コーザは一つ頷いて、扉にぶち当たるように外へと飛び出していった。

「お前らのリーダーは、頼れるのか」

「お前が信じてここまで来た甲斐がある程度には」

残されたケビにジャスが尋ねると、間髪を置かずにケビはそう返答する。

「そうか・・・」

ジャスは呟いて、コーザに振り払われた掌を見つめる。



俺たち。

コーザはそう言った。


「未来があるのなら、コーザの先にきっとあるんだろう」

ケビは呟いて、コーザが投げつけて壊した湯呑みの欠片を拾い始めた。

「そうか・・・」



 
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